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■■■ 八章 風はあらし [ きみのたたかいのうた ]
長い、長い話だった。 ぽつり、ぽつり。水滴を落とすように、カカシは低く静かな声で、全てを語った。 白さを増した顔で、ナルトを見やる。 「ごめんね、ナルト」 何を、と問おうとしたナルトを片手で制する。 「失ったお前がもう一度オレの前に現れたから、やり直しが出来ると思った。今度は、絶対になくさまいとおもったんだ。―――サクラに殴られたよ」 青あざになりつつある頬を、軽く撫でる。 「オレの後悔をお前で慰めるなと怒られた。自分自身で背負って行け、ってね」 自慢の教え子だよ。 苦笑する、その顔が誇らしげで、ナルトは頷くだけに留めた。言葉をカカシは必要としていないように思えた。 「ナルト。お前は、何を思ったの?」 「へ?」 話を振られて、ナルトは瞬いた。カカシが苦笑する。 「オレが死にに行った時、ナルトは何を思ったの? あの後も、お前はその気持ちを抑え込んで、何も話してくれなかった……いや、オレが拒んでいたのか」 「先生……」 ナルトはじわりと胸が熱くなった。 「オレは……」 「うん」 優しい目で、カカシがやんわりと促す。 「オレは、怖かった」 「怖い?」 「オレは、また一人になるのかって。置いていかれるのが、怖かった。それなのに、先生は、全然そんなこと、気にしてなくて。ううん、してたのかもしんねーけど、分かんなくて。オレを置いていくのは平気なのって、言いたかった」 「……そっか」 「うん」 「それを、あの頃のオレに、ちゃんと伝えて。オレが置いていかれることに怯えていたように、お前も怖かったんだって」 「……うん。先生、言ってもいいの?」 「言ってよ。臆病なオレを、がつんと殴ってやって、それで、この未来を変えて見せてよ」 「うん。カカシ先生」 『―――月が欠け始めた』 ノイズが混じるような、ざらついた声が響いた。 カカシが、ぐいとナルトを抱き寄せる。 瞬く間に張りつめた空気を揺らして。現れたのは、ぼやけてぶれる、卑留呼の幻影。 ゆら、ざら、と乱れる姿は色薄く透けており、この世のものではないことが知れる。だが対峙した時に感じた鬼気迫るような狂気はすでになく、静かな瞳はひたすらに凪いでいた。穏やかでさえあった。 『時間だ』 「待て、卑留呼」 唐突にも過ぎる宣告を淡々と告げる卑留呼に、冷ややかなカカシの声がかかるい。 「お前は何がしたかったんだ? ナルトに時間を越えさせて、未来を変えようとしたのか? ―――何の為に」 それはナルトも聞きたかったことだ。 「答えろ」 『私は全き者となるべく在った。その私を阻んだお前達は、私よりも其に近いということ。それでいてこのような体たらく……あの時敗れた私への侮辱に他ならない。私は認めない。故に飛ばした』 傲岸に言い放つ幻影がざらり、揺れる。 「なんか、それって勝手じゃねえ?」 『私は勝手だ』 卑留呼は微かに笑んだように見えた。 それを見据えるカカシの眼光は緩まない。 「金環日食の残滓を利用したのか」 『そうだ。死者である私には、思念をわずかに保つだけの力しかなかった。だが、もう十分のようだな』 どこか満足そうに卑留呼は告げる。 『歴史が変われば、時間の流れに上書きされ、この記憶は消えるだろう。だが想いは残る。私のように。変えてみせろ、―――うずまきナルト』 呪の込められたが耳朶を打つのを最後に。 ろうろうと流れる時の大河を遡る。 腕を伸ばす。 あの時夢中で掴もうとした手に、温かい手のひらが重ねられる。 ようやく、届いた。 安堵のままに、ナルトは笑った。 「先生、オレを置いていかないで。オレも、先生を置いていったりしないからさ。オレのところに、帰ってきてよ」 伝えたかった言葉。 ややあってうん、と小さな肯定が返り、おかえり、と掠れた声で告げられる。 自分はそれだけを望んでいたのだと────ナルトは。 [ text.htm ] |